すこやかな君に捧ぐ

 授業中、窓から外を見るのが好きだった。学校プールから少し離れた向こうには神社があって、何百年と続く歴史のせいか、生い茂る木々たちも背が高い。ぼーっと目に映る深く濃い緑を読み解こうとしていると、自分が考えた世界の中に吸い込まれていくみたいだった。僕はそこでかけがえのない友人たちに出会い、伝説の武器を手に入れ、世界の歯車を根底から狂わせている「悪」を倒しにいった。強大な敵と戦う度に僕たちはボロボロになったが、宿屋に泊まればどんなに酷い怪我をしていても関係なかった。それと同じ感じかな、立ちふさがるモンスターたちをやっつけても、そいつらはただ「倒される」だけだった。彼らの亡がらを、少なくとも僕らは見なかった。だから結果、誰の命も奪う事なく世界を平和に導いたんだ。何度も、何度もね。それはそれは素晴らしい冒険だったさ。だけどそれは、外から見たらただサボってる風にしか見えないだろうからね。まあよく先生に怒られた。小学校だったのにね。はじめが肝心、というやつなのかな。

 

 ああでも僕はこの話で君に何かをアピールしたいと言うわけじゃないんだ。よくわからない。本当によくわからない。学校に興味がなかったとか、夢だけは壮大だったとか、友人に飢えていたとか、わかりやすく理解されるそういったことじゃないんだ。もっとぜんぜん別の事を話したいんだよ。どこかへ旅に出ようとした時、地図を手元に置いてその未来の風景を想像するみたいなことはよくあるやね、書かれる前の物語たちの鮮やかな手触りみたいなものかな。そう言った話を思い浮かべてほしい。

 

 ただ、何となく当たり前に存在している世界の横に、全く未知の当たり前に存在する筈だった世界が横たわっていること、とか、迷子になってめちゃくちゃに歩いた筈が目的地への最短距離だったりすること、とか。もしくは、僕らはいとも簡単にもう会えなくなってしまうという現実。それは恋人たちに関することだけではなくて。もっと空間的時間的な意味で、とか。

 

 まあでもこんなことは全部終わりって言うわけ。僕はもうあそこに座って、退屈つぶしに窓から外を眺める事はもう出来なくなってしまった。あの世界に入る鍵は、いつのまにかポケットをすり抜けていたよ。もし君がその鍵を何処かで拾ったら、僕に届けるなんて野暮な事はしなくていい。そんな事は気にしないでくれ。でもどこかで君に会う事があったら、その世界の話を是非聞かせてほしいって僕は思う。ほんとにそう思うよ。