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グッバイ・ハロー

 「ああ、もう朝なのか」というはじまりは、今日が日曜日と言うことを考えるとふさわしいと言えるものではなかったのかもしれません。ベッドの中で数分、じっと何かを考えていると再び眠りに落ちました。すごく長い夢を見ていました。考えていたことも、夢の内容も思い出せませんでした。だけれど、確かに私は夢の世界で死んで、それと同時に目を覚ましたのでした。それだけはわかりました。嫌な気分のまま「時間を無駄にしてしまった」と毒づきながら携帯電話を手に取ると、時間は20分しか経っていなくて、なんというかな。一瞬、ここがどこなのかわからなくなりました。
    
    それからいつもの、筋書き通り。私は吸い込まれるように例の世田谷の隅っこにある喫茶店に向かい、ノートに思いの丈を書き込みました。だけど、どれだけ書いても満たされない。最近は、ずっとこうだ。これもいつもの、筋書き通り。自分の事をいくら自分に尋ねても、何も返ってこない。「そんな下らない話はいいからさ、もっと楽しい話をしようよ」とニッコリ笑って私に話しかけてくる。彼は私を、信用していないみたいだった。そしていよいよ落ち着かなくなった私が見つけたのは飛びきり恋愛中のラブラブ・カポーではなくて、ウェイトレスが間違えて持ってきたガムシロップでした。薄まってアイスティーのような色になったアイスコーヒーにそれをすべて注ぎ込み勢い良く飲み干すと、ノートを閉じて席を立ち、がらがらの快速急行に飛び乗ってうつらうつらしながら海に向かうことにしました。死にかけた夏が、背中を押してくれたのだと思います。

 君が遠い所に行ってしまって1ヶ月、さいきん殊更、こんなことが多いのです。ふとしたときに、茫漠がぴたりと背中に張り付いているのを見つける、夢が枯れてしまったような気になる。こんなことは君と一緒にいるとき、経験したことが無かった。笑顔の賞味期限は、一ヶ月しかないのかもしれません。ずいぶんと短い。参ってしまう。目に見えない形で、私は知らないうちに随分と君に守られていたのだった。それこそ、君の笑顔からこぼれてくる光のつぶてがいつも私の傍にいて、世界のあらゆる暴力を退けてくれていたのかもしれない。だけど光は放たれたのなら、もう後は駆け抜けてゆくしかないのだ。

 いつのまにか眠りに落ちていたCは目覚めると同時に思いだした。もともとCは、こういう人間だったのだ。世界の中から暗闇ばかりを抽出して眺める癖が、ある人間だった。それを自分で何とかしなければいけない時が来ているのかもしれないと、Cは思うようになっていた。「暗闇を見つめることはあっても、暗闇とばかり仲良くしていてはいけない、世界の悲しみを知ることと、世界の悲しみに染まることは違うのだから」Cは真っ暗闇の、すっかり海との境界を喪失した岸辺に辿り着くと一人で寝そべり、誰もいない星空に向かって小さい声で語りかけた。だって、空は、全部つながっているのだからね。幸いなことにあの女性は、必要にして十分な力と方法をCに教えてくれた。もう立ち上がらない理由はなかった。かくしてCはすべての汚辱と戦い、汚辱を受け入れ、そして過去と現在と未来とをつなぐために、立ち上がり扉を開けた。