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透明でも愛して

                    

 

   すべては、全くの偶然だった。でも、偶然しか世界には存在しないのだとしたら、もしかしたらすべてのことは必然だったのかもしれない。 
 
 2010年。22歳になった僕が直面したのは、3つの死だった。
 5月。ずっと闘病していた祖父が前立腺ガンで死んだ。最後の言葉は聞き取れなかった。だけど何を言おうとしたのかはすぐにわかった。僕は頷いた。彼の望みを叶えることはおそらくできないだろうけど、僕には頷くことしかできなかった。筋肉がなくなった人間の身体というのは馬鹿みたいに軋む。その感覚を、僕はずっと忘れることが出来ないだろう。三分の一の容積になった彼は断続的な呼吸を繰り返し、静かに、でも確実にその生涯を閉じた。彼が死んだとき、胸をよぎったのは悲しさより、彼が苦しみから解放されたことを喜ぶ感情だった。そして僕も解放されたと思った。なんて薄情な奴なんだと思ったね。心底うんざりしていた。こんなことは二度とごめんだ、とね。だけどそれから、僕は自分の薄情さを何度も突きつけられることになる。
 7月。同じ大学に通う恋人が深夜、自宅マンションから飛び降りて死んだ。遺書はなかった。前日、恋人は僕の家にやってきて食事を作り、セックスをした。とても蒸し暑い夜で、彼女の身体は甘酸っぱい味がした。僕は駅の改札まで自転車を押していって、彼女を送り、大きく手を振ったのを良く覚えている。だけどどうしてもわからない。これから死のうとする人間が、どうしてオリーブオイルを借りていこうというのか。彼女はなんとか一命を取り留めた。だけどその時から、彼女は僕よりも植物に近くなってしまった。僕はどんな顔をしたらいいのかわからず、途方に暮れていた。「面会には、申し訳ないけど二度とこないでほしい」と彼女の父親が僕に言った。「お兄ちゃん、」と恋人の妹が僕のことを呼んだ。僕は一度も振り返らずに、そのまま誰もいない家に戻った。7月31日。
 8月。僕は死ぬことに決めた。だけど車に飛び込むことも、高いところから飛び降りることもできなかった。ネットで手に入れた「死ねる薬」を規定量以上飲んでも、馬鹿みたいに三日間ほど吐き続けるだけで、何も変わらなかった。無い頭を振り絞った末に大学の研究室で劇薬を盗むことを思いついた。我ながら名案だったと思う。だけどなぜか僕のIDから薬品管理室への入室権限が剥奪されていた。助手にそれとなく聞くと、「君はそんなことないと思うけど、近しい人が亡くなった場合、こういう措置をとることになってるんだ。不便だけど我慢してね」と言った。「こちらこそ迷惑をかけてすみません」と僕は申し訳なさそうに微笑して、それから理解した。僕はきっと、死ぬ価値すらない人間なんだと。だから僕は、社会的に自分を殺すことにした。自分でもばかげたことだと思う。だけど、僕はもうこれ以上は生きていくことができないと思った。人というのは、誰かがいてくれるから、生きていけるんだ。
 
 
 
 
 十二月三十一日、僕は書斎の片隅に堆く積み上げられた書籍の山の中からこれらの文章が書かれた紙切れを数枚、発見した。すべての文字は殴り書きの筆記体で書かれており、一瞥したところキリル文字のように思われたが、20分ほどの格闘の後、文字を記号としてではなく、画像として処理すると何故か解読可能であるのを発見した。すべての文章は論文(僕では意味を解するのに困難な数式や、文言で構成されていた)の合間や余白に書かれており、後の方になるにつれて、文字は乱れ、小さく細かくなっていった。
 9月以降の彼の日記を、僕はどうしても見つけることが出来なかった。おそらく彼は死んでしまったのだろう。彼のことは知らないが、もしどこかで出会えたのなら、きっと良き友人になれたのだと思う。なぜだかわからないがそんな気がした。たったいままでそこにいたみたいに。ベランダで煙草をひとり、灰皿に押しつけているみたいに。
 僕は「君の友人に、なりたいんです」と言い、彼は「友人に、許可なんかいらない」と答える「許可が必要なのは、最後のお別れを言うときだけだよ」
 毎晩のように僕たちは、話を交わすだろう。愛について友情について、人生の意味について、美しさについて、悲しみについて、いままで自分を裏切り殺し弄び、罵倒してきたことについて。それは回想が連想を追いかけるように、深夜に橋を架け夜明け前まで、きっと長い話になるだろう。
 でも彼は死んでしまった。きっと死んでしまった。でももしかしたらそれは間違いで、死んでしまっていたのは僕の方なのかもしれなかった。彼がどこかで死んでしまった僕のことを思って、ベランダで煙草を吸っていたのかもしれない。どちらが真実でも関係などなかった。そのことを、きっと僕は知ることが出来ない。
 
 
 僕は僕の中の僕がどこまでが僕でどこからが僕ではないのかということを一年間ずっと考えてきました。その間、多くの親しい人たちが死に、関係性が溶け落ち、友情や親愛、信頼を諦めた振りして過ごさねばならない時期が続きました。そのせいで、僕の中の言葉は殆ど完全に枯れ、夢を記述するために発明された夢の言語だけが、辛うじて僕の言葉となり、僕は半分だけ透明人間になりました。
 あなたたちは一年、何を追いかけてきたのでしょうか。愛や友情、人生の意味、美しさや悲しみ、そして、そして、そして。本当にいろいろなものを追いかけてきたのだと思います。そのことについて、いつか、きっといつか、どこかで出会った僕に教えて下さい。君たちは僕のことが殆ど見えないかもしれません。それでもお願いします。きっと話しかけて下さいね。約束ですよ。