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星の夢の終わりに

 

 

 

 

 

 

 


 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ音楽だけが鳴り続けているのだと誰かが言っていた。

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ銀河を駆け抜けていく鉄道だけがあるのだと誰かが言っていた。

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ一面、色とりどりの花々が生まれては消えていくのだと誰かが言っていた。

 

 人間が生まれたあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ人間だけがいるのだと誰かが言っていた。

 

 

 

 

 

 


 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 

 

 


 僕は、死んだあとに行く世界などなにもないと思っている。

 

 

 

 

 

 


 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 


 真っ暗闇のなかで、声が聞こえた。

 むかし、戦争があった。星と星をまたぐ戦争が。
 そのころの星々というのはいまみたいに爛々と輝いてなどいなかった。真っ黒に染まり宇宙の各地に点在する太陽から光を余すところ無く吸収し、使いきれないほどの豊かな資源がその星々にすむ生命を余すところ無く幸福にしていた。
 
 夜は世界は真っ黒に染まり昼は空が円形にくり抜かれ、馬鹿みたいにコミカルな風景にお似合いの平和な時代が続いた。しかしすぐに星々の間で自然と国家が生まれ、戦争が勃発した。誰も戦争の本当の理由を知らなかった。最初はたった二つの国が争いはじめた。

 

 戦争は何万年も続き、何世代にも渡り、星を乗り捨てながらも続き、誰も戦争の正確な理由を知らないのに、それでも心の底から彼らは憎み合った。いつしか他の国々も巻き込まれ、宇宙をきれいに均等に割って、最高に幸福な世界で作られた最新鋭の兵器が流れ星の一億倍の密度で宇宙を引き裂きはじめた。さいあくな兵器から放たれる柔らかい光はありとあらゆる原子の結びつきをやさしくほどきゆるやかに溶けていくようになにもかもを海が一瞬で消し飛ぶくらいの暖かさで抱きしめていった。何年間もひかりが世界という世界を埋め尽くした。そうしてひかりが世界の向こう側まで駆け抜けた頃、彼らの住む星々はすべて破壊され、星々は焼かれ生命は砕け引き裂かれただの塵になって記憶をこなごなにふりほどくように歴史を刻んでいった。真っ黒に染まった星々はまだ燃え続けていて、僕たちはそれを見てあるものは願い、あるものは祈り、あるものは心の拠り所にして世界が壊れた瞬間に名前を付けては美しいものだと思いこんでいる。

 

 

  「ねえ」と誰かが言った。僕は忙しかった。月というのは恐ろしく手間がかかるのだ。一時間に一度は軌道を修正する必要があるし、重力装置を起動しなければ物理法則に違反してしまうのだ。「ちょっとまってくれるかい?」と僕は言って重力装置に火をつけた。煙を肺に染み渡らせてからゆっくりと吐いて、すべてが良好であるのを煙の駆けてゆく速度から理解した。

 

  「君は、どうして月の整備士なんかやってるの?」と待ちきれない様子で声が聞こえた。僕は答えられなかった。気づけばなにもかも、なにもかもを忘れてしまっているのだった。人と話をしたのなんて、いつぶりだろうか。覚えているのは月の動かし方と月の生かし方、そして月の殺し方だけだった。

   「月が好きだからさ」と僕は言った。本当のことを言うのが恥ずかしかったのだ。それに僕はずいぶん前に失明してしまっていたから、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。
  「僕は昔ね、内蔵がすべて溶けて体重が半分になる病気になって死んだんだよ」
  「そうか、それはつらかっただろうね」
  「ありがとう。でも、なんにもわからなかったから」
 本当のことを言わなければならないのなら僕はすべてをすぐにでも白状しなければならなかったのだ。だけれど僕は、ずいぶん前に聴力を完全に失っていたから、どんな顔をしたらいいのかがわからなかった。
「もういいんじゃない」と彼が言った。
「もういいのだろうか」と僕が言った。
  そういえばもう身体は、ずいぶん前に失われていたのだということを思い出した。だからどんな顔をしたらいいのかわからなかったんだ。
  ああやっぱり、なんにも、なんにもないじゃないか。なんにも、なかった。それだけだったんだ。ああでも、きれいだな。きれいだな。きれいだな。  世界は、きれいだな。

   ねえ、君の名前は、なんて言うの?

 

 

 

 

 

 

 

  重力装置だけが、鳴り響いているね。 

 

 

 

 

 

 

 


 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 

 

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ音楽だけが鳴り続けているのだと誰かが言っていた。 

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ銀河を駆け抜けていく鉄道だけがあるのだと誰かが言っていた。

 

 人間が死んだあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ一面、色とりどりの花々が生まれては消えていくのだと誰かが言っていた。

 

 人間が生まれたあとに行く世界にはなにもないのだけれど、ただ人間だけがいるのだと誰かが言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 

 

 


 僕は、人間が死んだあとの世界にはそれでも、人間がいるのだと思っている。

 

 

 

 

 

 


 ピーピーピーピーピーピー

 

 

 

 

 

 

 

 

    ピーピーピーピーピーピー